5月17日(火)
アカシアの花が一面に散って、鴨亭の庭は白一色。
周り中をアカシアに囲まれているのです。
つい一月ほど前、こうやって桜の花びらを掃き寄せていたなと思いながら、庭掃除をしていました。
鴨亭は木で囲まれているので、ほとんど一年中掃き掃除は欠かせません。
敷地が広い上、雨の翌日などは落ち葉が張り付いてしまって、結構な力仕事になります。
広々とした空間と、美しい自然。
そして果てしなく続く掃き掃除。草刈りと草取り。
鴨亭ならではの苦労話です。
2011年5月16日月曜日
百獣の王コロ
5月16日(月)
パソコンのトラブルで、数日ブログを書くことができませんでした。
この週末は仕事もプライベートも忙しく過ごしました。
季節はどんどん進み、筑波山の緑も日々その厚み、深みを増していきます。
日差しも強くなって、光が鮮やかです。
筑波山の緑と反比例して、飼い犬のコロの毛皮はまた一段と薄くなりました。ところどころ冬の毛が残っていて、表面がでこぼこしています。
毎朝カーテンを開けると、オレンジ色のくちばしが特徴的なムクドリが、コロのえさや水を狙って集まっています。
コロも、イノシシには夢中に吼えるけれど、小鳥たちには寛容で、近くに寝そべったまま彼らの好きにさせています。こんなときのコロは、草原の中に寛ぐ百獣の王ライオンを彷彿とさせます(私がそう言うと夫は鼻で笑いますが)。
それから、今年はムカデを良く見ます(ゾッ!)。
まだ赤ちゃんですが、これが大きくなってあの不気味な赤と黒の大きな害虫になると思うと恐怖です。
鴨亭の花が、毎年季節によって同じ移り変わりを繰り返していくように、虫も同じ移り変わりを繰り返していきます。こちらはちょっと迷惑な・・・
でもそれは、まったく一方的な人間の都合ですね。
パソコンのトラブルで、数日ブログを書くことができませんでした。
この週末は仕事もプライベートも忙しく過ごしました。
季節はどんどん進み、筑波山の緑も日々その厚み、深みを増していきます。
日差しも強くなって、光が鮮やかです。
筑波山の緑と反比例して、飼い犬のコロの毛皮はまた一段と薄くなりました。ところどころ冬の毛が残っていて、表面がでこぼこしています。
毎朝カーテンを開けると、オレンジ色のくちばしが特徴的なムクドリが、コロのえさや水を狙って集まっています。
コロも、イノシシには夢中に吼えるけれど、小鳥たちには寛容で、近くに寝そべったまま彼らの好きにさせています。こんなときのコロは、草原の中に寛ぐ百獣の王ライオンを彷彿とさせます(私がそう言うと夫は鼻で笑いますが)。
それから、今年はムカデを良く見ます(ゾッ!)。
まだ赤ちゃんですが、これが大きくなってあの不気味な赤と黒の大きな害虫になると思うと恐怖です。
鴨亭の花が、毎年季節によって同じ移り変わりを繰り返していくように、虫も同じ移り変わりを繰り返していきます。こちらはちょっと迷惑な・・・
でもそれは、まったく一方的な人間の都合ですね。
2011年5月11日水曜日
雨の休日
5月11日(水)
二週間ぶりの休日は一日中雨になってしまいました。
うちの犬も、雨だから玄関に入れてくれと騒ぎ、一日中玄関で寝そべって過ごしていました。
ところが夕方になるとそれに飽きたのか、トイレに行きたくなったのか、今度は外へ出せと要求してきます。
外へ出してしばらくすると、今度は中に入れろ。入れてやるとしばらくして外へ出せ、どんどん要求はわがままになってきます。堪忍袋の緒が切れて、どんなに外でワンワン吼えていてももう入れてやらないことにしました。今はあきらめたのかおとなしくしています。
日記も家計簿も、二週間ためると結構な量になってしまいます。
分かってはいるのだけど・・・
二週間ぶりの休日は一日中雨になってしまいました。
うちの犬も、雨だから玄関に入れてくれと騒ぎ、一日中玄関で寝そべって過ごしていました。
ところが夕方になるとそれに飽きたのか、トイレに行きたくなったのか、今度は外へ出せと要求してきます。
外へ出してしばらくすると、今度は中に入れろ。入れてやるとしばらくして外へ出せ、どんどん要求はわがままになってきます。堪忍袋の緒が切れて、どんなに外でワンワン吼えていてももう入れてやらないことにしました。今はあきらめたのかおとなしくしています。
日記も家計簿も、二週間ためると結構な量になってしまいます。
分かってはいるのだけど・・・
2011年5月9日月曜日
眠れない夜に
5月8日(日)深夜
寝る前にうかつにもコーヒーを飲んでしまったせいでしょうか、頭が冴えて、まったく寝られなくなってしまいました。
布団の上で、本を読んだり数独を解いたりいろいろやってみましたが、ぜんぜん眠くなりません。
飼い犬がイノシシか何かに向かって激しく吠え始めたのを期に、とうとう起き出してしまいました。
今はウイスキーを1杯だけ飲んで、眠くなるのを待っているところです。
サボってしまったブログでも書いているうち、眠くなるだろうという算段です。
一年のうち何回か、このようなことが起こります。
もう少し若いときは、録画してあった『タイタニック』を全部観てしまったりと、無茶なこともしましたが、今はもう、翌日もつだろうか?とそればかり心配です。
でも、こういうときは、普段考えても見なかったことを考えたり、忙しさにかまけておざなりにしていたことを思い出したりもします。
今も、自分のことばかり考えて周りを見ていなかったと気付いて、反省していたところです。
やすらはで 寝なまじものを 小夜ふけて
傾くまでの 月を見しかな
というところでしょうか。
そういえば、夕べは三日月でした。
それではおやすみなさい。
寝る前にうかつにもコーヒーを飲んでしまったせいでしょうか、頭が冴えて、まったく寝られなくなってしまいました。
布団の上で、本を読んだり数独を解いたりいろいろやってみましたが、ぜんぜん眠くなりません。
飼い犬がイノシシか何かに向かって激しく吠え始めたのを期に、とうとう起き出してしまいました。
今はウイスキーを1杯だけ飲んで、眠くなるのを待っているところです。
サボってしまったブログでも書いているうち、眠くなるだろうという算段です。
一年のうち何回か、このようなことが起こります。
もう少し若いときは、録画してあった『タイタニック』を全部観てしまったりと、無茶なこともしましたが、今はもう、翌日もつだろうか?とそればかり心配です。
でも、こういうときは、普段考えても見なかったことを考えたり、忙しさにかまけておざなりにしていたことを思い出したりもします。
今も、自分のことばかり考えて周りを見ていなかったと気付いて、反省していたところです。
やすらはで 寝なまじものを 小夜ふけて
傾くまでの 月を見しかな
というところでしょうか。
そういえば、夕べは三日月でした。
それではおやすみなさい。
2011年5月7日土曜日
根を張って生きる
5月7日(土)
一日中、うっとうしいお天気になってしまいました。
筑波山の頂上付近には終日雲が絡み付いており、たとえ山に登っても何も見えなかったと思います。
昨日も書いたのですが、危険だと分かっていても、不便だと分かっていても、それでも今まで自分が住んでいた場所を離れられないということについて、何か私の中でまだ引っ掛かっているのです。そしてまだそれを整理しきれないでいるのです。
ひとつには「ほかに行くところがない」という理由があるでしょう。
知り合いのいない場所では生きられない。
コミュニティーとしてのつながりが希薄になってきたとはよくいわれますが、それがまだ地方では残っていて、特に高齢の方々の間では機能していたのです。ですから、コミュニティーから切り離された形でよその場所で生きていくこと自体が彼らには不可能なのでしょう。
また、自分の生きてきた場所そのものへの愛着ということもあるでしょう。
世界中を飛び回っている人たちがいる一方で、自分の生まれた土地で一生を過ごす人もいるという事実。別に、外へ行くことを禁じられているわけでもないのに、外へ行こうと思わない人たちが、世の中にはたくさんいますね。
今回の被災で、少しだけ、どうしてなのか判りかけてきたような気がします。
私自身が、生まれ育った土地から見知らぬ土地に移り住んで、「よそもの」と見られ続けてきましたから、根っこがあるようなないような・・・
しっかり根を張ったほうがいいのでしょうか、それとももっと自由に動けたほうがいいのでしょうか。
それは多分それぞれの人の考え方によるのですね。
どちらも「あり」。
でも、ジプシーなどと違って、それからユダヤ人とか、世界中にチャイナタウンを作ってきた中国人なんかとも違って、自分の生まれた土地にどっしり根を張る生き方のほうが、より日本人らしいのかもしれません。農耕民族だからとよく言われますけど。
一日中、うっとうしいお天気になってしまいました。
筑波山の頂上付近には終日雲が絡み付いており、たとえ山に登っても何も見えなかったと思います。
昨日も書いたのですが、危険だと分かっていても、不便だと分かっていても、それでも今まで自分が住んでいた場所を離れられないということについて、何か私の中でまだ引っ掛かっているのです。そしてまだそれを整理しきれないでいるのです。
ひとつには「ほかに行くところがない」という理由があるでしょう。
知り合いのいない場所では生きられない。
コミュニティーとしてのつながりが希薄になってきたとはよくいわれますが、それがまだ地方では残っていて、特に高齢の方々の間では機能していたのです。ですから、コミュニティーから切り離された形でよその場所で生きていくこと自体が彼らには不可能なのでしょう。
また、自分の生きてきた場所そのものへの愛着ということもあるでしょう。
世界中を飛び回っている人たちがいる一方で、自分の生まれた土地で一生を過ごす人もいるという事実。別に、外へ行くことを禁じられているわけでもないのに、外へ行こうと思わない人たちが、世の中にはたくさんいますね。
今回の被災で、少しだけ、どうしてなのか判りかけてきたような気がします。
私自身が、生まれ育った土地から見知らぬ土地に移り住んで、「よそもの」と見られ続けてきましたから、根っこがあるようなないような・・・
しっかり根を張ったほうがいいのでしょうか、それとももっと自由に動けたほうがいいのでしょうか。
それは多分それぞれの人の考え方によるのですね。
どちらも「あり」。
でも、ジプシーなどと違って、それからユダヤ人とか、世界中にチャイナタウンを作ってきた中国人なんかとも違って、自分の生まれた土地にどっしり根を張る生き方のほうが、より日本人らしいのかもしれません。農耕民族だからとよく言われますけど。
2011年5月6日金曜日
寒い立夏となりました。
5月6日(金)
季節はどんどん進みます。
暦の上では夏になりました。
気が付けば、震災当時ダウンジャケットを着ていた私も、おとといには半袖で過ごしていました。
それだけ時間が刻まれたのです。
でも昨日の新聞には、まだ電気も水道も止まったまま生活を続けていらっしゃるご家庭の記事が載っていました。さまざまな理由で、ご自分の家から離れられない方たちもいらっしゃるのです。
不自由さの違いはあるとしても、それは私たちとて同じ事。できることなら、放射性物質の心配が全くないところで初夏を満喫したい。でも、ここに留まるしかない、行くところがないのは同じです。
不安を抱きながらも、ここで生活していくしかないのです。
だからきっと、被災者の皆さんも、運命は運命として受け止めて、その中で精一杯生きていく覚悟を決めて、新たな一歩を踏み出していらっしゃるのでしょう。
そしてそれは、平穏な時代が信じられないぐらい長く続いた(だから、それが当たり前みたいにこれからも続いていくはずとみんなが信じて疑わなかった)戦後の終わりを意味しているのではないでしょうか。
今はある意味、戦時中のよう。
いつ何時、どんなことが起こるかわからない非常時の中、毎日を精一杯生きていくしかなかった時代と同じような気がします。
日本人全体に、腹をくくること、覚悟を決めることが求められているような気がしてなりません。
季節はどんどん進みます。
暦の上では夏になりました。
気が付けば、震災当時ダウンジャケットを着ていた私も、おとといには半袖で過ごしていました。
それだけ時間が刻まれたのです。
でも昨日の新聞には、まだ電気も水道も止まったまま生活を続けていらっしゃるご家庭の記事が載っていました。さまざまな理由で、ご自分の家から離れられない方たちもいらっしゃるのです。
不自由さの違いはあるとしても、それは私たちとて同じ事。できることなら、放射性物質の心配が全くないところで初夏を満喫したい。でも、ここに留まるしかない、行くところがないのは同じです。
不安を抱きながらも、ここで生活していくしかないのです。
だからきっと、被災者の皆さんも、運命は運命として受け止めて、その中で精一杯生きていく覚悟を決めて、新たな一歩を踏み出していらっしゃるのでしょう。
そしてそれは、平穏な時代が信じられないぐらい長く続いた(だから、それが当たり前みたいにこれからも続いていくはずとみんなが信じて疑わなかった)戦後の終わりを意味しているのではないでしょうか。
今はある意味、戦時中のよう。
いつ何時、どんなことが起こるかわからない非常時の中、毎日を精一杯生きていくしかなかった時代と同じような気がします。
日本人全体に、腹をくくること、覚悟を決めることが求められているような気がしてなりません。
2011年5月5日木曜日
Foxgloveさんからのコメントに対して
5月5日(木)
Foxgloveさんが寄せてくださったコメントは『イギリスのロイヤルウエディング』と『アメリカのオサマ・ビンラディン氏殺害』の二つのニュースについてでした。
これらのニュースは、傷ついた日本でもかなり大きく報ぜられました。
皇室のあり方についてはかねてより、喧々囂々(けんけんごうごうってこんな風に書くんだったんだ!)いろいろな意見が述べられてきましたが、今回の大震災での皇族方の対応は、被災者(特に高齢の)にとっては、大変大きな慰めになっているように感じます。
現代でも、天皇・皇后両陛下の心の底からの深い慈愛は、日本人の心に強く響き不思議なほど良い作用を及ぼすようです。
これこそが日本の皇室の存在意義そのものなのでしょう。
イギリスの王室も同様に、イギリス国民の結束の中心にある限り、愛される存在として継続していくことでしょう。今回のロイヤルウエディングの高感度をそのままキープしていけるような、賢明なご夫妻であり続けることをお二人に強く望みます。
『オサマ・ビンラディン氏の殺害』については、それが朗報か訃報かなどと考える前にまず衝撃的でした。
要するに、ビンラディン氏の生前の行いの良し悪し以前にまず、現代のひとつの国家が国として公的に人をあやめ、その死を喜びをもって迎えるということ自体への衝撃です。その点、Foxgloveさんのご意見にまったく同感です。
これでは、「目には目を、歯には歯を」のハムラビ法典の昔から、ぜんぜん進歩していないということではありませんか。
報復は必ず報復を呼び、血塗られた報復合戦が延々と続くことになるでしょう。
これは、公的になされるべきではありませんでした。どう考えても、少なくとも闇の仕事として、ドラマ「必殺仕置人」みたいにされるべきでした。
先日、伯母の葬儀に出席し、親族一同で悲しみと敬意をもって彼女を見送りました。
その際、葬儀とは、故人をこの世から彼岸へ見送る生き残った人側の、心のけじめをつけるためのイニシエーションなのだという思いを強くもちました。
被災され行方不明になっている方たちを、もう亡くなられているのを承知で家族の方たちが必死で探すのも、同じ思いなのでしょうね。
人の死は、やはりどんな人であろうともとても重いもの。
故人の一生にはそれぞれの歴史というものが刻まれています。
一人の人が生きて死んだという事実は厳粛なものです。
敬意を持って彼岸へと見送るべきものだと思うのです。
Foxgloveさんが寄せてくださったコメントは『イギリスのロイヤルウエディング』と『アメリカのオサマ・ビンラディン氏殺害』の二つのニュースについてでした。
これらのニュースは、傷ついた日本でもかなり大きく報ぜられました。
皇室のあり方についてはかねてより、喧々囂々(けんけんごうごうってこんな風に書くんだったんだ!)いろいろな意見が述べられてきましたが、今回の大震災での皇族方の対応は、被災者(特に高齢の)にとっては、大変大きな慰めになっているように感じます。
現代でも、天皇・皇后両陛下の心の底からの深い慈愛は、日本人の心に強く響き不思議なほど良い作用を及ぼすようです。
これこそが日本の皇室の存在意義そのものなのでしょう。
イギリスの王室も同様に、イギリス国民の結束の中心にある限り、愛される存在として継続していくことでしょう。今回のロイヤルウエディングの高感度をそのままキープしていけるような、賢明なご夫妻であり続けることをお二人に強く望みます。
『オサマ・ビンラディン氏の殺害』については、それが朗報か訃報かなどと考える前にまず衝撃的でした。
要するに、ビンラディン氏の生前の行いの良し悪し以前にまず、現代のひとつの国家が国として公的に人をあやめ、その死を喜びをもって迎えるということ自体への衝撃です。その点、Foxgloveさんのご意見にまったく同感です。
これでは、「目には目を、歯には歯を」のハムラビ法典の昔から、ぜんぜん進歩していないということではありませんか。
報復は必ず報復を呼び、血塗られた報復合戦が延々と続くことになるでしょう。
これは、公的になされるべきではありませんでした。どう考えても、少なくとも闇の仕事として、ドラマ「必殺仕置人」みたいにされるべきでした。
先日、伯母の葬儀に出席し、親族一同で悲しみと敬意をもって彼女を見送りました。
その際、葬儀とは、故人をこの世から彼岸へ見送る生き残った人側の、心のけじめをつけるためのイニシエーションなのだという思いを強くもちました。
被災され行方不明になっている方たちを、もう亡くなられているのを承知で家族の方たちが必死で探すのも、同じ思いなのでしょうね。
人の死は、やはりどんな人であろうともとても重いもの。
故人の一生にはそれぞれの歴史というものが刻まれています。
一人の人が生きて死んだという事実は厳粛なものです。
敬意を持って彼岸へと見送るべきものだと思うのです。
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