2011年4月29日金曜日

かえるの歌が、聴こえてくるよ・・・

4月29日(金)


今日も(夕方から雷雨になったものの、それまでは)、日差しの鮮やかな初夏の天気となりました。
自転車でお越しのお客様、バイクでお越しのお客様もいらっしゃった、ゴールデンウイークの幕開けでした。

このごろ静かな夜にはかえるの大合唱が聞かれます。
田んぼに水が張られたのです。
震災のため農業用水の復旧が遅れ、お許しが出るまで待ったので、例年より田植えが少し遅れてしまっています。
でも、こうしていつものようにかえるの大合唱を聞くと、少しずつ元に戻ってきているんだなあと実感できます。もちろん、茨城の中でも比較的被害が少ない地域だからではありますが。

田植えの直後にはか細く弱々しかった苗が、ぐんぐん育ち、夏には力強い緑の田んぼとなり、やがてまっすぐに立っていられないほどの黄金の穂をつける様をずっと見続けてきたのですから、もしそのような風景がここから消え去ってしまったら、どんなにさびしいでしょう。
どうかこれ以上、環境の悪化が続かないようにと、心から思います。

2011年4月27日水曜日

指輪物語(4) 香り草入り兎肉シチュー

4月27日(水)

ブログを書いているうちに、どんどん指輪物語に呼び戻されていってしまっています。

昨日、うちの飼い犬が野うさぎのお尻に噛み付いたことを書きましたが、そのことから思い出されたのが指輪物語の「香り草入り兎肉シチュー」の場面。

第二部「二つの塔」の後半は、主人公のホビットたちが冥王の支配する土地を旅するシチュエーションなので、読んでいて気が滅入るようなところも多いのです。
その中で、この兎肉シチューのくだりはちょっとほっとする一コマです。
ふだんは携帯食しか食べていない彼らが、野うさぎを捕まえて、それをシチューにするのです。
よく読んでみると、うさぎと香り草と塩しか使っていないので、本当にシンプルでつつましいシチューなのですが、ここではたしかに、「宴会といってもいいくらいの大ご馳走」だったのです。

このあと、彼らは私の大好きな登場人物ファラミアと遭遇することになります。
アラゴルンほど完璧ではないけれど、アラゴルンよりずっと人間らしさを感じさせる人物。そして彼も指輪の誘惑に打ち克つ強くて、高潔な心を持っているのです。

物語がいよいよ大団円に向かって動き始めます。

なんかブログもどんどん鴨亭から逸れていっています・・・

2011年4月26日火曜日

ヘビとの遭遇

4月26日(火)


今年もそんな季節になりましたか。
ついに今日、ヘビと遭遇してしまいました。グレイっぽくてストライプのある、シマヘビという種類のヘビだそうです。
義母も、板前さんも、それぞれ別の場所で(たぶん別のヘビを)見たそうです。

これからの季節は、毎年、夫の作った「ヘビつかみ」が大活躍!塩ビパイプと針金で、遠くからヘビの首を引っ掛け、巻きつかせ、どっか遠くへ捨ててくるんです。
これ、すごい発明だと思うんです。成功率が高いし、危険じゃないし、ヘビを殺さないし。

私がここに来てからの、ヘビとのエピソードは結構あります。

農道に横たわっているヘビをロープか何かだろうとお思い、車で轢いてしまい、ロープが跳ね上がってびっくりしたこと。

飼い犬のコロとヘビとの壮絶な戦いを見たこと。このときは夫が加勢をしてコロを助けました。

脱皮したてのまだ濡れている抜け殻を見たこと、など。


コロの中に残っている野性には、時々驚かされます。狩猟本能というのでしょうか。
以前、うちに野うさぎが住んでいたのですが(ピーター・ラビットみたいなそれはそれはかわいい野うさぎです)、ある朝、お尻をかじられて死んでいるのを発見。これはコロの仕業でした。
鴨亭の犬だからジビエの味を好むというわけでもないのでしょうけれど・・・
どうも食べるためではなく、ただ狩をしたいだけでやったみたいです。

信じられないかもしれませんが、鴨亭は野生動物の宝庫なのです。
鳥なら、ウグイス、モズ、シジュウカラ、ジョウビタキ、ムクドリ、ヒヨドリ・・・
ついこの間はキジを見ました。

動物なら、(ありがたくないのですが)イノシシ、イタチ、モグラ、タヌキなど。

それから、昆虫。これはもう、考えただけでも気持ち悪いですけれど、虫嫌いではここの生活はまず無理ですね。(ちなみに私も別に虫好きなわけではありません。)
でも、みんなそれぞれに一生懸命生きている感じは分かるのです。
だから、危険なときは別ですけれど、基本的には彼らを尊重しています。
ただ、よそへご退出願うとか。

それに比べるとコロの野性のストレートさには、却って、厳然たる自然の掟を突きつけられたかのような神聖なものを感じてしまいますね。

まあ、都会育ちの私には、想像もつかなかったような新しい体験の数々です。

2011年4月25日月曜日

指輪物語(3)  漂着物 "Flotsam and Jetsam"

4月25日(月)

大震災から40日以上過ぎ、ようやく今まで手が付けられていなかった場所にもスポットが当てられ始めました。
そのひとつが海の中の捜索。
津波によって海の中に引っ張り込まれていたものが次々と引き上げられています。
引き上げられた自転車が積み重なっているさまなどは、それまでの生活との断絶が改めて思われて、心が痛くなるようです。

指輪物語の中にも同じような場面があります。
魔法使いサルマンの城塞オルサンクが、エント(常緑樹と人間の中間のような生き物)の怒りにより、水攻めにあうところです。ここでもいろいろな漂着物が流れてきます。その中でも、キーとなる漂着物は樽いっぱいのパイプ草(煙草)で、しかもそのパイプ草は、遠く離れたホビットたちの故郷のものでした。なぜそれがオルサンクにあったのか。それが指輪戦争の後日談の伏線となり、最後の山場に続いていくのですが・・・

このパイプ草については物語の導入部、序章でもわざわざ取り上げられているほど、ホビットとは切っても切れないもののようです。


漂着物ひとつひとつに、それぞれの物語があると思うと、何ともいえないせつない気持ちになります。

2011年4月24日日曜日

雹(ひょう)が降りました。

4月24日(日)

昨日と今日の悪天候には驚きました。
昨日は一日中、まるで台風のような強い雨風。今日は途中までは初夏を思わせる好天でしたが、夕方前から空が暗くなり、ものすごい雷雨となりました。そして突然バラバラバラッという強い音。
見れば白い大きな塊が、強風でほとんど真横に飛んでいくではありませんか。

そうとう大気が乱れて不安定になっているのですね。
大変な週末でした。

霰(あられ)と雹(ひょう)は大きさによって区別されているそうです。
基本的に、粒の直径が5mm未満のものがあられ、5mmから50mm(時にはそれ以上の大きさのものもあるそうです)のものをひょうと呼ぶそうです。

2011年4月21日木曜日

樋口一葉を思い出す。

4月21日(木)

今朝起きたら断水していました。
3月18日夕方、一週間ぶりに復活後、初めての断水です。
完全に不意を衝かれてしまいました。

でもそこは、あの一週間を何とか乗り切った経験がものをいって、すぐに頭の中がくるくる回転しました。(あの時と違ってお店を開けなくてはいけないから、水の調達が必要。給水車はもうないから、井戸水の出るところで水をもらってこなくては・・・)などと考えていました。
幸い程なく水が出始め、大事には至りませんでしたが、こんなことがたびたび起こったらたまりません。原因は何だったのでしょうか?


震災の前から、お洗濯にお風呂の残り湯を使っていました。
最初はポンプを買って来て使っていましたが、このポンプ、意外と寿命が短く、これでは節約になっているんだかいないんだかわかりません。
そこで、ポンプをやめて、人力で汲む事にしました。洗濯用のたらいで自分で汲むのです。だいたい、一回に洗面器三杯分をたらいに移し、それを五回洗濯機に入れると洗濯機が回りだします。
ポンプより早くいっぱいになります。

この人力ポンプをやっているとき、いつも思い出すのが樋口一葉の『大つごもり』。
奉公人お峰の水汲みは、もっとずっとつらい仕事だったのでしょうけれど、毎朝必ずこの話を思い出しながら、洗濯しているのです。


樋口一葉は、明治の女性をヒロインに多くの優れた短編を書いていますが、わずか25歳で亡くなっているとは驚きです。時間の切り取り方、ストーリー、哀しみの描写の仕方などが巧みで、私は「日本のチェーホフ」みたいと思っています。
特に好きなのが、この『大つごもり』と『十三夜』です。これらの作品についても、後日また話題にできるといいなと思っています。

2011年4月18日月曜日

指輪物語(2)

4月17日(日)


~土曜日のbeテレビより~

火曜日からNHKで「マドンナ・ヴェルデ」というドラマが始まります。
主演は松坂慶子さんで、彼女は娘のために「代理母」になるという設定とのこと。
明るくふんわりした独特の雰囲気を持つ松坂さんですが、
「迷ったときには、わざと楽でないほうを選ぶ」という方針を貫いているそうです。
「心を鬼にしないと、自分が弱っていく気がする」からだそうです。

この記事を読んですぐ思い出したのが、臨床心理学者の故・河合隼雄さんと詩人の長田弘さんの対談集「子どもの本の森へ」(岩波書店)の中の一節でした。
お二人が「指輪物語」について話し合われている部分で、長田さんは、
「『指輪物語』で、物語の分かれ目となるところはつねに分かれ道ですね。分かれ道のどっち   
へ行くか。楽な方向へ行くか、困難な方向へ行くか。そのとき、物語の主人公であるホビットたちは、いつでもあえて自分たちにとって困難な方向を選ぶ。希望というのは、困難な方向の先にしかないんですね。」
という発言されます。
これを受けて、河合さんも「それは心理療法のプロセスとそっくりです。」
と発言されています。


あえて困難な方向を選ぶことができるってことに、人間のすばらしさを感じます!

2011年4月17日日曜日

静心なく

4月16日(土)


気温も高く、時折日も差す春らしい良い日になりました。
昨日から、風がなくても桜の花びらがはらはら散るようになり、桜の季節の過ぎ行きつつあることが感じられ、紀友則の次の一首が心に浮かんできました。


ひさかたの 光のどけき 春の日に
静心なく 花の散るらむ


桜を詠んだ歌には事欠かない日本の文化です。


もう、枝の先のほうから順に、葉が出始めました。葉の色が混じると、急激に花の色があせてくるのが判ります。

昨日までは薄紅色のじゅうたんを敷き詰めたようだった庭も、今日は少し薄茶が混じり、それが風に舞い、よじれては形を変えていきます。この季節、強風(花散らしの風)が付き物のようです。

でもこれからは、季節の花が次々と咲き続け、濃くなる緑と一緒に鮮やかさの増す季節の到来です。

2011年4月15日金曜日

ふたたび陽は昇る

4月14日(木)


文藝春秋の冒頭のグラビアは、被災前の三陸地方でした。

釜石、気仙沼、陸前高田、石巻・・・
穏やかで美しい海と漁船、栄える港町。
新聞で、テレビで、最近ずっと見てきた凄まじい光景とのコントラストに胸を突かれます。

今回も写真は、言語化できない実に多くのことを語ってくれていました。

でも、この巻頭特集の題名は
「東北にふたたび陽は昇る」
でした。

私たちもそれを信じつつ。

2011年4月14日木曜日

春色パスタ

4月13日(水)

今日は鴨亭の休日。

朝のTVで、ソラマメとスナップエンドウとグリーンピースを使った「豆のパスタ」の作り方を放送していました。そこで、それに少しアレンジを加え、夕ご飯に作ってみました。

刻みニンニクとオリーブオイルで、ベーコンとキャベツとシメジをいためます。ゆでたブロッコリーとスナップエンドウを加え、パスタのゆで汁でゆるめ、ソースを作ります。ソースは塩コショウ、パルメザンチーズ、すりゴマで、味を調えます。
このソースをアルデンテにゆでたパスタに絡めて出来上がり。

なんともさわやかな「春色パスタ」の完成です。
ちょっと薄味に仕上がってしまい、それぞれに味を足しながら食べることになりましたが、おおかたのところは好評でした。(て言うか、塩コショウだけなのでまずいわけはない。)

パスタ始めそば・うどんといった麺類は、言ってみれば白いご飯と同じ、何とも相性が良いので、アレンジの幅はとても広いわけですね。
パスタ好きの夫は、私がたまに作る実験的パスタを、いつも「何でもアリだよ。」と容認しています。
私のやる気をつぶさず、また作ってもらえるうまい方策です。

2011年4月11日月曜日

余震の余震?

4月11日(月)


風に乗って桜の花びらが舞い始めた穏やかな春の日。
それが、夕方から一変しました。

激しい余震があり、それからは余震に次ぐ余震、余震の嵐となりました。


大震災から今日でちょうど一ヶ月
区切りを付けたい私たち人間
そんな人間の思惑にはまったく無頓着な自然の猛威が
まだ容赦しないぞと言うかのように
次々と襲いかかってくる

まだ私たちはその渦中にいる

2011年4月10日日曜日

お花見に賛成?反対?

4月10日(日)


大きく育った桜の木。屋根の上まで
桜が満開。
でも、お花見をすべきか、せざるべきか?

石原都知事(四選おめでとうございます。)が「花見どころじゃない」発言をして、賛否両論でしたけど。
日本人の国民性から言って桜は特別の存在だし、お花見自体には何も悪いところはないと思います。「ドンチャン騒ぎ」がいけないというのでしょうが、節度ある宴(うたげ)は精神衛生上にも大切なことだと私は思います。
馬鹿騒ぎをしなければよいのではありませんか?

みんなが集まっても、震災の話は必ず出るでしょうし、自分の感じ方・考え方などをお互いに披露し合うのは今後のためにもよいのではないでしょうか?

桜がきれいなうちに、お花見に出かけましょう!

花の色は・・・

4月9日(土)


強い雨風に負けず、桜がほぼ咲きそろってきました。
今回の悪天候にはどうやら耐え切れそうです。

日本人は昔から、「花」と言えば桜を指すほど、桜をめでて来ました。
小倉百人一首にも、桜を詠った歌がたくさんあります。
一番有名なのは小野小町でしょうか。

花の色は 移りにけりな いたづらに
わが身世にふる ながめせしまに

桜の花のはかなさと、自分の容姿の衰えを重ねて詠んだこの歌は、二組の掛詞という技巧でも有名ですが、桜を見るときに日本人がいつも感じる一種の哀愁を読者に共有させ、見事です。


八重桜、山桜を含めて、桜を詠んだ歌は百人一首の中に六首あります。
もちろん多いほうですが、一番多く詠まれているのは「月」。
桜が春だけの風物なのに対して、月は一年中使える題材だからでしょうか。
このほかにも、風、嵐、雲、雪、霧・霜・露、紅葉などが、複数の歌の中で詠まれています。
自然に対する日本人の感性は、平安の昔から繊細で鋭かったことが良く分かりますね。

2011年4月8日金曜日

笠間の陶炎祭(火まつり)

4月8日(金)


うちから益子へ行くのとほとんど同じ距離に、やはり焼き物で有名な笠間があります。
笠間芸術の森公園を中心にした近代的な焼き物の町です。
伝統を引き継ぎながらも、若い作家の新しい感覚の作品もどんどん生まれており、楽しくて素敵な焼き物ばかりです。


笠間焼きは18世紀(江戸時代中期)に始まり、順調に成長しましたが、太平洋戦争後一時衰退しました。
その後窯業指導所による研究・改良や陶工の養成、厨房用租陶器から工芸陶器への方向転換などにより、再び活況を取り戻しています。


今回の震災では、窯が壊れたりしてかなりの被害を受けたそうですが、今年も例年通り、ゴールデンウイークに陶炎祭(火まつり)を開催することに決定したそうです。
今回の震災で大きな被害を受けた福島県浪江町の大堀相馬焼きとは昔から交流があったとの事、東北支援のチャリティーイベントも企画しているそうです。


ゴールデンウイーク中は鴨亭も営業中なので、私はこの陶炎祭に行ったことはありませんが、桜川市と笠間市の商工会が提携しているようで、陶炎祭のパンフレットはいつもお店に置いています。
時間が許すお客様、どうぞ鴨亭と笠間、両方をお訪ねください!

桜のライトアップ始めました。

4月7日(木)

 休み明け、木曜日の朝はみんなが饒舌です。
いつもは朝あまりご機嫌の良くない板前のTさんも、気分良くいろいろ話してくれます。
やはり、気分転換って大切ですね。
昨日の陽気で桜の開花が一気に進みました。
 今年もライトアップを(控えめですが)始めました。
昼間の桜もきれいですが、夜桜の幽玄な美しさもなかなかのものですよ。
これからの半月ほど、鴨亭は薄桃色に包まれます。
 が、その後はひたすら掃き掃除の日々が待っているのです。

2011年4月6日水曜日

地元応援!茨城の野菜買いました。

4月6日(水)

TVでも福島産の野菜などを売るショップが繁盛しているニュースを目にしますが、近くのスーパーでも、目立つところに茨城産の野菜を置いて、応援セールをしているところが多いです。
地場の野菜は相場が下がってしまっていて気の毒ですが、その分買い手にとっては買い易くなりました。

だいたい大気に境目なんかないのに、どうしてここまでは危険、ここからは安全なんて言えるのでしょう。
海だってそうですけど、もう、ばら撒かれてしまったものはばら撒かれてしまったのです。大気も有限、海も有限である以上、垂れ流されているものが薄まってやがてゼロになるということはないのです。地球上の人類は一人残らず、この中で生きていかなくてはならないのです。みんな運命共同体です。
今までだってそうだったのだけど、差し迫っていなかったのでそんなこと考えもしなかっただけです。

このような状況で、多少の数値の大小で大騒ぎすることよりも、風評被害で生活が立ち行かなくなる人が続出するのを防ぐことのほうが大事な気がするのは私だけでしょうか?

 茨城は地震や津波の被害も大きかったのに、東北三県の被害があまりに凄かったので、まずニュースでの扱いが相対的に小さかった。そしてその復興もままならぬうちに、今度は放射性物質で、まず農家が、続いて漁師さんたちが、苦しい立場に追い込まれています。
被災なのではなく、二次的な被害なのが更なる悲劇です。
そして観光地などのサービス業界も、深い痛手を負っています。
きっと二次的、三次的、四次的・・・・と思わぬところまで悪影響をこうむっていることでしょう。

 この原発事故がなければ、世の中はもっと早いペースで復興が進んでいるに違いないし、人々の心ももう少し明るくなっていたに違いないのです。
後悔先に立たず。
済んでしまったことはどうしようもないけれど、一刻も早い方向転換を私たちはしなくてはならないようですね。

2011年4月5日火曜日

桜咲きました!

4月5日(火)


 電力不足の問題が出たとき、周波数が違うので関西の電力を関東に持って来られないという事実が人々をがっかりさせましたが・・・


今朝、庭掃きをしに外へ出ると、桜が開花し始めていました。

 「いよいよだなあ。」


そこから、次々と連想がさ迷っていき、先日(震災直前)、友人宅で桜餅と道明寺桜餅をいっぺんに二つ食べたときのことを思い出しました
どちらもそれぞれにきれいでおいしかったぁ。

 たとえば電力と桜餅。同じ日本でも、地方によって違うものがたくさんありますね。
思いつくだけでも、こしあんとつぶしあん、木綿豆腐と絹ごし豆腐、白味噌と赤味噌、おしょうゆだしと白だし・・・そういえばお雑煮も地域によっていろいろ違うんだそうですね。

みんな、育った場所の味が標準だと思っている。味だけではなく、感じ方、考え方も、ほんのちょっとした生活上の習慣も、当然と思っていることが違っている。

だから、結婚したとき、結婚って異文化の融合なんだと思いました。まるでビザンチン文化みたいと。

どちらが正統だとかあまり主張すべきでないと、むしろ両者を融合させて新しい文化を創るんだと、それぐらいの気持ちでいないと結婚てなかなか難しい気がします。変わっていくことにあまり拒否反応を示さないほうが良いようです。まあ、私の浅い経験から思っているだけですけど。

今日は何が言いたかったというと、ようするに、庭掃除のとき、桜の花が咲き始めたのを見て、ぼうっと考えたことをただ綴ってみただけなのです。とりとめがないですが、ぼうっと考えているときって、みんなこんな感じですよね。

竜頭蛇尾ですみませんでした。

2011年4月4日月曜日

小ケガ

4月4日(月)

本日、梅の間のお花
 昨晩のこと。洗濯物を室内で干すようになったので、古い物干し竿を調整していました。
本体の筒の両側に一回り細い筒が組み合わされていて、
細い筒を伸ばしたり、本体の中に入れて縮めたりして長さを調節するものです。
何しろ結婚したてのころに買った時代物ですから、錆び付いているのでしょう、
なかなか伸びたり縮んだりしてくれません。
そのうちに突然勢いよく動き、パチンとはまったと同時に
私の左手の小指の先(ほんの一部だったんですが)が一緒に筒の中へ・・・
 ケガとか血とかに弱い私、もちろん家族全員を呼んで大騒ぎしました。
みんな、何事かと、一応は集まってくれました。
そして一応は、アルコール液とか脱脂綿とかティッシュとか絆創膏とか持ってきてくれました。
でもその後の家族の行動が三者三様でおもしろかった
(そのときはもちろん、おもしろくなんかなかったのですが、一晩たってみて。でも、息子に言わせると、そのとき一番おもしろかったのは私だったそうです)。
まず夫は、騒ぎとケガの程度の落差を認識すると、即自分のさがしもの探しに戻ってしまいました
(ちなみに夫は年中さがしものをしています)。
息子は、ケータイのサイトで傷の手当て方法を探し、「動脈を押さえないで傷口を押さえたほうがいい、そのまま3分。」なんて言っています。
私と同様血に弱い娘は、処置が終わるまで半纏を頭にかぶって怖がっていましたが、
その後はずっと気遣って近くについていてくれました。
 それぞれがそれぞれらしく、今では笑えます。
でも、家族がいてよかった。
こんなふうに、わあわあやりながらの暮らしがいいんだな、と、今書きながら思っています。

2011年4月2日土曜日

桜のつぼみ

桜の蕾がだいぶふくらみました。
なにか良いことがおこりそうな。

夏服にお召し換え

4月1日(金) 息子が、うちの飼い犬が最近痩せてきたみたいと心配していました。あらためてしげしげと観察してみると何のことはない、夏の毛に生え変わっていたのです。 うちの犬は日本犬の雑種です。オオカミを小ぶりにした感じです。あごひげが生えているのがユーモラス。以前、子供の同級生のお母さんに「半分ヤギが混ざっているの。」と言ったら、すっかり本気にしてしまったことがありました。 モクレンの木の下がお気に入り。今は満開の花の下に寝そべって春を満喫しています。